おひかえなすって。
どーん。
手前、目下、懲罰中でございやす。
なんて〜、いきなりすみません。
emihana ですよ。
この度、連休を利用してまたまたまた
北の大地にちょっくら旅して参りやした。
連休初日の午後一番、小雨そぼ降る
道東は女満別空港に降り立ったお父さんと私が
真っ先に向かいましたのは他でもない
ざーん。
そうです、泣く子も黙る最果ての監獄
その名も博物館網走監獄!
思わず頭の中に、番傘さしたもろ肌脱ぎのケンさんが
浮かびませんか?
背中で泣いてるのは当然、唐獅子牡丹でごさいやす。
正直申しまして、私の理解もその程度のもので
ここを訪れてから初めて、維新後政治犯も含め
多くの囚徒たちが北海道開拓のために収監され
極寒の地での過酷な労働に従事し
開拓の礎を築いたことを知ったのでした。
さっそく舎房及び中央見張り所へ。
この場所は放射状に広がる5棟の舎房から成り
一ヶ所から全てを見渡せるように
八角形の見張り所が設けられており
最大700名を収容できたと言います。
鉄筋の枠組みがとてもモダンな感じもしますね。
あ、上でフンドシ一丁、何やらしてる人は
囚人界のヒーロー、破獄王さん
実在の人物です。
とは言え、ここは監獄。
頑丈な鉄の扉にがっちり施錠。
独房はこのサイズ。
舎房の中から向かいの部屋は見えない作りに
なっていますし、扉は外からしか開きません。
旧網走監獄では、解放的処遇施設もあり
自給自足を目指した農場で、作物の管理から
収穫まで収容者が行なっていたとか。
道路建設など長期間監獄を離れて労働する場合には
休息所という仮宿舎に寝泊まりしました。
何と、丸太が枕です。
おいら、泣けてくるぜ。
とにかく、ひたすら寒かったようですね。
いくら暖房があっても、舎房の室温は
マイナス7、8度まで下がったと言います。
そんな環境下の重労働で、あまたの囚徒たちはもちろん
看守さんの中にも亡くなった方々がいるとのことで
国内では唯一、囚徒も看守さんも同じ場所に
葬られているのです。
艱難辛苦を共にした仲間だからでしょうか。
さて、この監獄博物館、なかなか興味深い施設でしたが
もっとも印象深かったのは舎房の匂い!
何と表現すれば伝わるのか?
うーん、たくさんの人、男の人たちが
そこで食べ、眠り、排泄し、息をしていた名残と言うのか。
生活臭のようなすえた匂いが柱や壁や床の隅々に
染み付き、まだ息づいている、嗅いだことのない
匂いでしたよ。
すっかり雨足が強まった頃、無事釈放された我々は
それからどこまでも真っ直ぐな天空への道を通り
やがて曲がりくねった林道をかなり進んで
ようやく神の子池に到着いたしました。
摩周湖からの湧き水が湧き出すこの池は
水深5メートルの小さな池で
年間通して水温が8度と低く倒木が青い水の底に
腐らないまま化石のように沈んでいます。
青い、確かに、青い。
でも、雨。よく見えない。
残念ですが、仕方ありません。
夕暮れ迫りただならぬ雰囲気を見せ始めた周囲の森。
そう、ここはヒグマの生きる山。
急に怖くなったヘナチョコ2人組は
ほうほうのていで車に戻るや
暗くてなーんにも見えない海岸線を一路
ウトロの宿へとひた走ったのです。
そんなこんなで、次回へ続きま〜す。
ホテルのロビーでは、クリオネがお出迎え。