犬を愛する人へ

ある人がその寿命を終え

誰もいない荒野を、次の世界を目指し歩いていました。

かたわらには一匹の犬。

その人の愛した犬でした。


歩いても、歩いても、荒野に見えるものは

熱く焼けた砂と赤い空だけで

もう何日も何も口にしていず、のどはカラカラに渇き

足取りはどんどん重くなっていきます。

犬は、とぼとぼと、それでもその人の歩みに合わせて歩き

やはり、同じように、とても疲れていました。


どれほど歩いたでしょうか。

目の前に、まばゆい光を放つ、大きくて、立派な門が現れました。

門は閉ざされていましたが、中からは楽しげな笑い声や音楽が聞こえてきます。

そして、とても美味しそうな匂いが、その人の鼻をくすぐりました。

「ああ、やっと天国にたどりついたのか」

心底安堵してふと見ると、門の横に門番らしき男がいて、こう言います。

「ようこそ。心正しき旅人よ。あなたを待っていました。

門の中には、望むものすべてがあります。

でも、残念ながら、犬は中に入れません」


その人は、かたわらの犬の顔を見つめ

がっかりした様子で大きくため息をつき

そして、答えました。

「では、けっこうです」

その人は、また歩き始めました。

いつの間にか、冷たい風が吹きすさび、疲れたきった体は凍えます。

足はすでに鉛のように重く、目はかすみ

何度もに崩れ落ちそうになりながら、すぐに立ち止まってしまう犬を励まし

やっとの思いで少しずつ、なんとか前に進んでいきました。


どれほど歩いたでしょうか?


いつの間にか目の前に、小さくて、古びたみすぼらしい門が現れました。

中は、しんと静まり返り、いい匂いもしません。

門はただ、寒々しく閉ざされています。

その門の横にも、門番がいました。


その人は静かにたずねます。

「すみません。この門の中に、犬は入れますか」

門番は答えました。

「入れます。ただ、ここは狭くて、寒いし、じゅうぶんな寝床も

美味しい食べ物もありませんが、それでも入りますか?」

その人は、かたわらの犬に向かって言いました。

「ああよかった。ここならお前といっしょには入れるらしい。

さっきの場所のように、良い思いをさせてやれないようだが

がまんしておくれ」


やがて、その人と犬の前で、ゆっくりと門が開いていきました。

すると、門のすき間からは、見たこともないほどまばゆい光が漏れ出し

心地よい音楽や人々の穏やかな話し声が聞こえてきます。

門の中のあまりに美しい様子に驚いていると

門番は言いました。

「ここが本当の天国なのです。真の友を見捨てるような人は

ここに入ることはできません。

もしあなたが、第一の門に入ろうとしていたら

天国へは入れませんでした」


それから、その人と犬は、光り輝く門の向こうへ、共に入って行きました。



アメリカにいた時に、獣医さんの待合室で呼んだ本にあったお話です。

教訓的なのも少し気なりましたし

キリスト教徒ではないので

私には天国があるのかどうか、わかりません。

それに、神様がこんな風に人を試すものかなと、思ったりしましたが

犬を愛する人なら、この話の中の「その人」のようにありたいと

そう考えるだろうな、と感じたものです。



いっしょに連れて行ってくれる?